ヤンキーはなぜ減ったのか?考えてみた3つの理由

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OFFです。余談を。

いつからかヤンキーがめっきりいなくなりましたよね。私は学習塾で20年指導をしてきましたが、ヤンキーの生徒を指導した記憶がある最後の年は2001年頃だったように思います。

前職時代の名古屋市天白区植田の教室で、個別の教室にヤンキー来てました。その生徒たちと「特攻の拓」という暴走族漫画の話をしたり、彼らが卒塾するときに一緒にゲーセンに行ったのは良き思い出です。旧ブログの彼らのエピソード記事↓

前職時代、退職前の最後の職場は名古屋市内の個別指導の教室でした。 私はずっと尾張地区で生まれ育ち、尾張地区の生徒たちを指導してきましたが、 最...

さかのぼると私が中学生だった頃は中学校というのはヤンキーだらけでした。中1になったばかりというのはまだ体も小さいので、身体の大きな上級生のヤンキーは本当に怖かったと記憶してます。

団塊ジュニア世代であったので子供がとても多い学年です。わかりやすく落ちこぼれが多く出てしまっていた時代でした。

勉強についていけなくなってしまった子たちの大半がヤンキーになっていきました。本当に多かったです。

私が通っていた春日井市の岩成台中学というのは当時市内15校ある中学で1・2を争う学力レベルの高い中学だったそうです。

そんな中学であってもヤンキーが沢山いたんです。学校のガラスは頻繁に割れました。部室は先輩ヤンキーたちのタバコとシンナーの臭いが酷かったです。

昼過ぎに爆音のバイクが頻繁に校内を通り抜けていきます。校長先生とヤンキーがつかみ合っているのを下駄箱近くで見たことも。

「岩中はヤンキーが本当に凄かった」と私は思っていたのですが、大人になってから同窓会で会った先生がこう言ったのです。

「いやぁ、生徒はみんないい子で学校は落ち着いていたし、岩成台中学は天国だったよ。〇〇中とか荒れてて酷かったからね」

!!!!?あれで天国!!?他の中学どうなってたんだ!?!?!地獄なのか!?!?

ヤンキー思い出話長くなりましたね(苦笑)

そうそう、ヤンキー見なくなりましたねって話でしたね。

ヤンキーが学習塾に来ることがレアなのかとかも思ってましたが、体育大会とか学校行事を見に行ってもやっぱりヤンキー自体がいませんね。

沖縄の成人式とか見ると、まだ地域によってはヤンキーもいるのでしょうが、その絶対数は激減しているだろうと思います。

さてさて、なぜヤンキーは減ったのでしょうか?私なりに考えてみました。大きく3つです。書いてみますね。

1.少子化で子供が減って大人たちの目が行き届くようになったから!

少子化で画像検索をかけたらこんな画像出てきました。内閣府のHPからです。zh1-1-01

私が1974年生まれ、第二次ベビーブームど真ん中で出生数200万人ほど。最新データの2011年を見ると出生数100万人。

私が生まれた頃と比べると子供の数が半分になってるんですよね。子供たちを見守る大人たちの目が相対的に多くなったと言って良いかと。

勉強に落ちこぼれたりで心が大きくひねてしまう前に、大人たちが声をかけることができるようになったのではないかと私は想像してます。

(なんか学校教育で取り入れた地域全体で見守るような制度が効いたような記述をネットで読んだのですが、どんな制度でどんな内容だったか忘れました・・)

2.ゆとり教育によって学習内容が簡単になり落ちこぼれが減ったから!

ゆとり教育によって落ちこぼれは格段に減ったと思います。学力低下が叫ばれましたが、ゆとり教育のおかげでヤンキーが減ったという側面があると私はずっと思ってました。

ここ最近は「脱ゆとり」なんて言われたり、「子供の学習時間が微増した」ような調査結果も出てますが、それでも昔に比べたら今の子の学習内容は簡単ですし、勉強時間も少ないです。

ゆとり教育が良いとか悪いとかは置いておいて、大きく心をひねてしまう子がゆとりで減ったのだろうと。

3.インターネットの普及により趣味や生き方が多様化してきたから!

これがデカいと私は思います。ネットの普及について書いたこんなページ見つけました。

インターネットの発展とともに成長を続けてきた企業として、日本にインターネットが誕生してから現代までの変遷を時代の出来事とともに年表形式でご紹介します。

このページによるとネットが急速に普及したのは2003年~2005年頃かと。2003年に普及率5割を超え、2005年には7割まで普及しています。

私がヤンキーを最後に指導したのが2000年過ぎだから・・・完全に一致するのです!(完全は言い過ぎw)

ネットが普及するまでは情報源というのはテレビや雑誌だけでした。よってマスコミが仕掛けた価値観が当時の人たちを支配してました。

「光GENJIがカッコいい」「アニメはめぞん一刻やうる星やつら」「ゲームはファミコン」

こんな感じかと。同じくこれは勉強とか人生とか様々なことにも言えます。

「良い成績で良い大学行って良い会社に入ると幸せ」「不登校なんてとんでもない」「転職なんてとんでもない」

うまく世間の言うレールに乗り損ねた人たちは息苦しい思いをする時代であったと思います。

そしてレールに乗れなかった人たちの道もマスコミから。

「規則に縛られない暴走族ってかっこいい」「大人に逆らう不良ってかっこいい」

マスコミが提示する道通りに、うまくレールに乗れなかった人たちがヤンキーになっていったのかなぁと私は思います。

これがインターネットの普及で一変するのです。さまざまな価値観があることがネットでわかってくるのです。

「勉強する→うまくいかない→うっぷんがたまる→ヤンキー」というわかりやすい流れが大半でしたが、

「勉強する→うまくいかない」の次の矢印からの広がりが出てきたのです。勉強がうまくいかないぐらいで心がひねてしまうような状況が無くなってきたのです。

「学校をしばらく休む」とか「勉強以外の好きなものに熱中する」とか「部活に熱中する」とか、「自分のペースで理解していく」とか「好きな教科だけ頑張る」とか。

そんな同じ想いを抱える仲間とネット上で繋がったり。友達と時間を問わずコミュニケーションがとれるようになったり。

勉強がうまくいかないことによる悶々とした負のエネルギーが、ネットの普及をきっかけに蓄積しづらくなったのかなと私は思ってます。

以上3点です。基本的に「勉強うまくいかない→イライラする→ヤンキー」だという前提で書いてますのでズレることも多いかもしれませんが、自分ではいい線いってるんじゃないかなぁとは思ってます(´▽`)

「ヤンキーが減ったのはそんな理由じゃねーぞ!」なんて教えていただける方、是非またメッセージください。

今日はこのへんで。

それでは。

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國立拓治

愛知県岩倉市・北名古屋市にあるさくら個別指導学院の塾長。2005年から塾ブログを毎日更新して10年突破!愛知県下の中学生と保護者の力になれるよう毎日休まず情報発信!休日はどうでもいい余談を全力で発信!3度の飯より飯が好き。妄想上団体「ちりめん山椒協会」の会長も兼任。
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