もう何年も前の話です。
3学期に入った頃だったでしょうか。中1生の親から電話がありました。
受話器をとって会話を始めた途端、話すお母様の言葉の端々に怒気が感じられました。
子供の成績について不満がある様子です。私の記憶ではその生徒は調子をキープしているぐらいの感触でしたが。
成績への不満として、お母様は切れ味の良いセリフを私にぶつけてきました。
「こんな成績じゃ塾へ行っても行かなくても変わらないですよねぇ?」
切れ味の良いこのセリフに戸惑いながら、まずは正確な事実の確認をと思い、「点数の具合とか推移とか調べて改めて連絡させてください」と、電話を一度切りました。
早速その生徒の成績の推移を調べてみると、見た目の点数は降りてきてますが平均点との点差は大きな変化なく、やはり調子を保持しているといった状況でした。
とはいえ、平均点が下がってくる中1のテストのことを知らなければ、見た目は点が下がっている状況。
印象悪いこの状況下で、調べた結果が「調子保持」でも、親は成績アップを望んで塾に入塾させてくれていますからね。納得いかないかもしれません。
改めてお母様にお電話をして、平均点の推移のことと、調子を保持している状況をお伝えするのですが、やはり望む状況では無いことに変わりがなくて。
お母様の不満な気持ちは収まりません。ここで再度あのセリフをおっしゃりました。
「こんな成績、塾に行かなくても取れますよねぇ?」
あ、これはお母様に対話の意志が無いみたい。
2度もこのセリフが出てしまうというのは、もう塾と家庭と協力をして成績を上げていくというステージを降りてしまったのではないかと感じました。
ただただ不満をぶつけたいというお母様の激情に、私の中で変なスイッチが入ってしまいました。
振り返ればこの出来事からさらに前。
失礼で不快な親子との新規面談があり、これ以降は過度に何かを我慢をするのを辞めることを決意していました。
お客様は神様じゃないし私も神様じゃない。上下なくフラットな関係であるべきだろう。
過度に礼儀を失した振る舞いであれば、通ってくれているご家族であっても毅然と対応していくと決めてました。
塾に対して「この点数なら塾に行かなくても取れる」と伝えるのは、私には大きな侮辱であると感じます。
飲食店で「これなら店じゃなくても家で誰でも作れる」と料理人に伝えているのと同じ感じだろうなと。
もちろん塾に対して大きな不満をお持ちなのでこのセリフが出てしまっているのだとは思うのですが、このセリフを2度も言い放った後に塾と協力して子供の成績を上げていく姿が想像できているのでしょうか?
「強い言葉を放ち相手をやり込めたら勝ち」というゲームではありません。感情のある人間の関わる事柄です。
その生徒が一生懸命頑張っていた姿を見ていますし、そんな生徒に対してしっかり指導をしていた講師の姿も見ています。
生徒と講師が一緒に頑張って取ってきた点数がまるで意味の無い点数かのように、何もせずとも取れる点数だと言い切るお母様の言葉に、スイッチが音を立ててONに入ってしまいました。
この切れ味の良い塾への言葉に対しての返答の言葉は決まっています。
その言葉を言おうか言わまいか、長く目をつむりながら、何度も息を吸って考えます。
・・・
・・
・
決心をして私は口を開きました。
「本当に簡単に取れる点数なのかどうか、塾を離れて試されてみたらいかがですか?」
つづく
國立拓治
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