前回までのあらすじ
50年後から来たという自分自身に勉強を学ぶことになった中3生の拓海。詳しい話を聞くために学校帰りに公園に行くことに。
2人で来た大矢公園は常に薄暗く人気のない公園。今日ばかりはその方が好都合だ。ベンチに座った爺さんが口をひらいた。
「未来の自分について、どうなっていったか聞きたいか?」
爺さんのみすぼらしい身なりを見る限りある程度の予想はつく。おそらく聞いていて気分の良いものでは無いだろう。
しかし爺さんはどうも喋りたい様子。まぁ考え方によっては自分に起こる悪いことをしっかり聞けば、これからの自分の取り組み方も変わるかもしれない。
「じゃあ少しだけ・・」
「まず今から1年後、高校受験に失敗するところから始まる。結局何もせずまま迎える高校受験、反対する先生や家族を押し切ってプライドだけで松蔭と名古屋西を受験」
「両方不合格して滑り止めで受けた愛知学園高校に進学。学力的にゆとりを持って入学したはずだが、すぐに最下位グループ入り。高校に内緒でバイトをしながら怠惰な3年を過ごす」
あぁあぁ・・
「大学受験、再びプライドだけで首都圏の難関私大を受験。届くはず無く地元のほぼボーダーフリーの大学の経済学部へ進学。」
「ボーダーフリーってわかるか?名前を書けば入れる大学のことだ。第二次ベビーブームから受験者数は半分になったのに大学は増え続けて定員は変わらなかった」
「その結果大学は一部の難関大を除いて卒業するだけでは価値のないところばかりになった」
「お前はそんなボーダーフリーの大学に入っていったんだ。みんな進学するからという理由で。大卒が高卒よりも給料が良かった時代のイメージで」
俺の未来は緩やかでありながら確実に下降しているようだった。
大学で再び怠惰な生活が始まる。バイトとサークルに明け暮れる。長い休みはスマホゲームに明け暮れた。二十歳になると酒とギャンブルも覚えてハマっていった。4年間の大学生活で学んだことなど何も残っていない。一昔前の普通の大学生の生活を21世紀を生きるボーダーフリーの大学生のお前が同じように過ごしてしまったんだ」
「ちなみに大学には奨学金をとって進学した。二人に一人が奨学金をもらう時代だった。大学卒業時には300万の返済すべき借金ができた」
「こんな状態で就職活動が始まったんだ。就活には偏差値が無いからな。相変わらず自分の実力をわからないお前は大企業ばかり選んでエントリーを試みたよ」
「自分が役に立つ人間であるということを証明できる客観的な事実一つもなく、丸腰で就職戦線に突入したわけだ」
「やはりというかなんというか、まず大半の大企業は最初の書類選考が通らないんだ。門前払いだ。なんてことない、確率の問題だ。ボーダーフリーの大学にも優秀な生徒はいるかもしれないがその確率は低い」
「となると、大企業であっても費用が限られている採用活動においてボーダーフリー大学に埋もれてるかもしれない優秀な生徒を探す費用は無いわけだ」
「今は理解できるが当時はその事実に愕然としたよ。そこからなりふり構わぬ就職活動を展開し、俺は営業職でブラックコーポレーションの内定を取った」
「冗談みたいだが社名そのまんまのブラック企業だったよ。入社前からわかっていたが他の選択肢が俺には無かった。この会社に入社することになった」
「俺の社会人のスタートは300万の借金とブラック企業での仕事だったというわけだ・・」
ここまで一気に話して言葉を止め、爺さんは目を細めて遠い目になった。寂しそうな目だった。
話し始めこそ俺の理解度を気にする素振りを見せたが、途中からは俺に説明をするというよりも、爺さんが自分で自分の過去を振り返って想いを巡らしているかのような話ぶりだった。
中学生の俺には途中から話半分しかわからなかったが、とにかくやり直したいことが沢山あり悔しい思いを沢山して生きてきたことだけは伝わってきた。
「・・長くなるな。本当はここからまだいろいろあるんだけどな。ここからはまたにする」
そう言って爺さんは声色を変え仕切り直した。
「言ったように今回のタイムトラベルでお前を指導する。こんなダメ人生を送ってきた俺がなぜお前を立て直すことが出来るかの理由はまた後日話す」
「今お前が一番すべき学校の勉強をしっかり取り組みしっかり結果を出すというところから立て直すことにする」
「次のお前の定期テストは2ヶ月後だ。中3最初のこの定期テストでお前に人生を変える最高のテスト結果を叩き出させる」
「本当は7日間合宿してコンコンと指導をしたいが中学校があるからそうもいかない。お前はこれから学校帰りに大矢公園に毎日寄れ」
「お前と接触できるのは今日含めてあと7日だけ。毎日ではなく頃合いを見て必要な時にこのベンチでお前を待つ」
「お前もここからの2ヶ月間と俺と会う7日で人生を変えるつもりで覚悟して過ごせ」
「・・言わばぼくらの七日間勉強だな」
重くなった空気を軽くすべく気を利かせて爺さんが言ったであろうこの決め台詞、おそらく宗田理の「ぼくらの七日間戦争 」にかけていたのだろう。
しかし、俺自身がこの古典名作に触れるのは高校に入ってからのことで、その時はポカーンだったことはこの胸に伏せておく。
「今日はその1日目だ。まだ時間大丈夫だろ?お前を立て直すための1つ目の教えを早速伝える」
暗闇に溶けはじめた公園の片隅で、唐突に爺さんの未来をひらく講義は始まった。
爺さんが語った未来の俺の半生は緩やかに確実に下降するストーリーであったが、ここから生まれ変わる俺の人生は緩やかに確実に上昇するストーリーになるはずだ。
そう信じて俺は爺さんの1つ目の教えに耳を傾けた。
つづく
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國立拓治
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