「ということは、あなたが拓海の50年後の姿で、私はそのときにはもうこの世にはいないのね?」
岩倉アピタの隣にある喫茶店『明時時運(アラジン)』の奥の席、香織はブレンド珈琲を飲みながらお爺さんに言った。
「その通りじゃ・・・・・母さん」
仕事が休みで昼過ぎにアピタで夕食の買い物を済ませ、家に向かい線路沿いの道を歩いていた時に、ふいにお爺さんに話しかけられた。
身なりは決して綺麗とは言えない老人で、知り合いとは思えない。
「奥さん、拓海くんのことでちょっとお話が・・」
この人はなぜ息子の名を知ってるのだろう?多少気になりはしたが、不信感しかない。関わらない方が正解だろう。
目を合わせずお爺さんの横を足早に通り過ぎたが、そこでお爺さんから優しい声色で再度声がかかった。
「母さん、わし・・俺だよ。俺俺。拓海だって。訳あって50年後から来てるんじゃ」
オレオレ詐欺というのは電話の声だけでやり取りするから成立する詐欺のはず。それがあろうことか似ても似つかぬ爺さんが中学生の私の息子だと目の前で主張してくる。
しかも未来から来たとか言い出す始末。このお爺さんはどうかしている。
体中のシワを眉間に集めて当惑する私を見て、お爺さんは優しい声色で言葉を続けた。
「母さんの旧姓は岩田で実家は一宮の丹陽町。泊まりに行ったときには爺ちゃんと近所にあったらせん状滑り台がある公園に連れてってもらったな」
「わしが幼稚園の時にドブのカドで右目の横を打って、眉毛が一部生えなくなったの覚えてる?ほら、ここ生えてないじゃろう?」
「母さんのそのスネのアザは赤ん坊のわしを抱っこしてたときに階段の足を踏み外して、わしを抱えたままスネで階段を滑り降りた時にできちゃった傷だったな」
他人では知り得ないであろう過去のエピソードを3つ続けてぶつけてきた。おそらく少ない言葉数で信じてもらえるように、エピソードを厳選してきたのではないかと今振り返れば思える。
「・・・あなた何者?・・拓海はどこ?」
「もちろん今の世の拓海は中学校で授業を受けておる。ただ、わしも拓海。50年後の未来から来てるからこの姿なんじゃ」
「わし・・いや、拓海のために母さんにも協力してもらいたくて、50年後から会いに来た。拓海の未来をひらく手助けをして欲しいんじゃ」
「拓海の未来を変えるには母さんの力が必要なんじゃ。中学生にとっては親のサポートがとても大切なんじゃ」
このお爺さんの言う突飛な話を信じ切ることはできないが、確かに言われた3つのエピソードは拓海本人しか知り得ないもの。
そして確かにこのお爺さんの右眉毛端は傷で途切れてるし、言われてみれば拓海の面影は有る。
こんな不思議なことはもちろん生まれて初めてで信じがたいけど、この先の未来の科学がどれだけ進歩するかだなんて、平成に生きてる私にわかる訳がない。
拓海を名乗るお爺さんはいたって真面目で真剣な眼差しを向けてきている。これはハラをくくって話を聞いてみようか・・なによりちょっと楽しそう♪
今度は香織持ち前の好奇心が勝ち、自分の息子を名乗る爺さんと喫茶店へ向かうことに。
拓海と爺さんの中に母が加わりできた奇妙なトライアングル。この体制が、母の力が、ここからの拓海の大きな力となる。
拓海の未来をひらく手助けをするという話で始まったこのストーリー、結果的に香織自身の未来もひらいていく。
そんな展開になることがわかるのはずっと先の話。
つづく
國立拓治
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